クレーメル トリオ・コンサート大阪公演の批評をご紹介します
《ギドン・クレーメル トリオ・コンサート》


奇蹟の出会い、ふたたび
クレーメル+アファナシエフ+ディルヴァナウスカイテ
(2011年4月9日 大阪 ザ・シンフォニーホール)

浅田彰(京都造形芸術大学大学院長)

ヴァレリー・アファナシエフを初めて聴いたのは、1983年にギドン・クレーメルの共演者として初来日したときのこと。クレーメルの美しくもシャープなヴァイオリンの線には多少ともなじんでいた観客も、アファナシエフの氷のように冷たく透き通ったピアノが最初に鳴り響いたときは思わず息を呑んだものだ。驚くべき精度と無限の深みを併せ持つ音楽。私はただちにそこに落日の「ソヴェト帝国」が生んだ偉大な芸術的洗練の極致を認め、以来、この二人から目が離せなくなったのである。当時、二人はさまざまな形で協力しあっていた。たとえば、クレーメルの創始したロッケンハウス室内楽音楽祭でアファナシエフが急な代役として弾いたシューベルトのソナタ第21番のライヴ録音は、その後の精度の高いスタジオ録音以上に奇蹟的な純度をもって今も多くの聴衆に愛されている。だが、いつの頃からか、二人が共演することはなくなっていった。クレーメルがタンゴや映画音楽にまで手を伸ばしていることへの疑念をアファナシエフの口から聞いたことはあるが、本当のいきさつは私の与り知るところではない。いずれにせよ、去年からクレーメルとアファナシエフが20数年ぶりに共演を再開したという嬉しいニュースを聞いて、私は一刻も早く聴いてみたいと思った。そのチャンスは思いのほか早くやってきた――なんと東北大震災という惨事をきっかけとして。

この4月に予定されていたクレーメルの来日公演は、ここ数年かれが好んで共演しているカティア・ブニアティシヴィリ(グルジア出身の女性ピアニスト)とギードゥレ・ディルヴァナウスカイテ(リトアニア出身の女性チェリスト)の二人を加えたものとなるはずだった。この三人のピアノ・トリオは、最近ECMからリリースされたチャイコフスキーの「偉大な芸術家の思い出に」とキーシンの「鏡」のCDでも聴くことができる。ところが、大震災の余波でブニアティシヴィリの来日が不可能になり、アファナシエフがサンクト・ペテルブルグでのコンサートを終えてすぐ日本に飛んで演奏旅行に加わることとなったのである。

大阪のザ・シンフォニーホールへの途中、すでに閉館し工事のための覆いがかけられた旧プラザ・ホテルの前を通りかかって、プレート・テクトニクス理論が導入されてすぐ『日本沈没』を書いた小松左京がそこに事務所がわりの部屋を構えていたのを思い出す。しかし、東北の惨状とは裏腹に、ほとんど初夏のような陽気の下でのどかに咲き競う桜が、逆に現実というものの残酷さを痛感させる――阪神大震災のとき、神戸の壊滅状態もさることながら、それと大阪の無傷な日常との落差がいっそうショッキングだったように。

大震災に関してクレーメルがメッセージを配布し、アファナシエフがパンフレットに詩を寄せて、全体に哀悼のムードを漂わせたコンサート。安易なパッションの爆発は控え、音量も多少抑えて、(アファナシエフの愛してやまない芭蕉の古典にならっていえば)<奥の細道>を寂しく歩んで行くかのような音の道行き。しかし、三人の演奏のほとんど人間離れした純度は、そこに氷のように透き通った音楽を結晶させてゆき、つねにもまして静まり返った注意深い聴衆は、自分たちが奇蹟的な事件に立ち会っていることをゆっくりと確信していったのだ。だが、無用なレトリックを濫用するより、コンサートの内容を具体的に追っていくべきだろう。

1)シュニトケ:ショスタコーヴィチ追悼の前奏曲(ヴァイオリンとテープのための)
D-S(Es)-C-HとB-A-C-Hの音名象徴がひそやかな対位法を奏でる。少しも急がず寂寥の中にも静かな緊張を維持する演奏はさすがクレーメルならではのもの。

2)バッハ:シャコンヌ(無伴奏パルティータ第2番より)
クレーメルにしては抑制され、音量も抑えた、しかしこの上なく清潔な演奏。アマティ・ヴァイオリンの甘美な音が、一分の隙もないシャープなボウイングによって不純物を除去され、細い銀線のように輝く。ほとんどノン・ヴィブラートで、しかもピッチは驚異的に正確。そう、ここまで純度が高ければ、技術を誇示したり、ドラマティックな表現で聴衆を圧倒したりする必要などさらにないのだ。零度のバッハ。偉大な音楽。

3)ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第3番
かつて一緒に録音もしている二人だけあって、ほとんど練習もしていないというのに完璧に息のあった非の打ち所のない演奏。二人の大家が四つに組むといえば技術と表現の競い合いを想像しがちだが、ここにはそんな余計なものは一切ない。最初の一音から、音楽は揺るぎなく垂直に立ち上がる。ブラームス的な情念は一掃され、いわばインティメートでheimlichな部屋だったはずのものが、ほとんどunheimlichなガラスの部屋へと変容する。しかし、それはなんと透明にして壮麗な建築であることか。もはやドイツ音楽ではない、これはただ純粋な音楽だ。

(休憩)

4)ポリェーヴァ「ガルフ・ストリーム」(ヴァイオリンとチェロのための)
ヴィクトリア・ポリェーヴァ(1962年キエフ生まれ)がクレーメルとディルヴァナウスカイテのために書いた2010年の新作。平均律クラヴィア曲集冒頭の前奏曲に合わせて書かれたグノーの「アヴェ・マリア」を無伴奏チェロ組曲冒頭の前奏曲と合わせ、シャコンヌにシューベルトの「アヴェ・マリア」を合わせるという、意表をついたアイディアによるポストモダンな戯れ(いわばシュニトケ・ライト?)。他愛もないパズルといえばそれまでだが、清潔な演奏で好感が持て、聴衆の反応もよい。

5)ショスタコーヴィチ:ピアノ三重奏曲第2番
ショスタコーヴィチ追悼曲で始まったコンサートをしめくくるショスタコーヴィチの傑作。レニングラードの戦いに際して交響曲第7番を書き、その輝き(絶望的な輝きなのだが、輝きには違いない)でソヴェト当局にも大衆にも認められた作曲家は、第7番の暗い影とも言うべき第8番で一転して無理解と批判に直面し、1944年2月、ノヴォシビルスクでの演奏会で第8番の解説を担当してくれた親友ソレルチンスキーが直後に病死したことで深いショックを受ける。その追悼のため、戦争末期、ナチスによるホロコーストの真相が少しずつ漏れ伝わってくる中で、この曲は書かれた。オイストラフ(Vn)がショスタコーヴィチ(Pf)およびサードロ(Vc)と、またオボーリン(Pf)およびクヌシェヴィツキー(Vc)と残した有名な録音には、激動する歴史のエネルギーがそのまま流れ込んでいるかのようだ。どこまでも冷たく透明なクレーメルらの演奏は、そういう熱とは対極にありながら、それに勝るとも劣らぬ名演であると言ってよい。難曲で、十分なリハーサルもしていないというのに、演奏には一瞬のためらいもなく、アンサンブルは完璧(若いチェリストもきわめて清潔な演奏で、二人の「怪物」に圧倒されながらもよくつけている)。とくに、弦のハーモニクスやピツィカートが素晴らしく、ピアノの高音と低音のユニゾンも、きわめてシンプルでありながら、異様な鋭さゆえに聴衆を戦慄させる。枯枝が錯綜するような対位法が極薄の氷のナイフでやすやすと切り開かれていくさまを、唖然として見守るといったところだろうか。屈折した苦いアイロニーも、ユダヤのクレズマー音楽を思わせる狂騒も、その中でかぎりなく純化され、あくまでも透明なまま燃え上がるのだ。ソヴェト・ロシアから西欧に亡命したアファナシエフは、「モスクワ音楽院時代、ショスタコーヴィチなどバカにしていたのは、思えば若気のいたりだった、とはいえ、バッハやベートーヴェンに費やすべき時間をプロコフィエフやショスタコーヴィチにあれほど費やしたかと思うと残念な気もする」といった複雑な心情を明かしてくれたことがあるし、ソ連で不遇にあえいでいたシュニトケをはじめとする作曲家たちを次々に西側に紹介したクレーメルにも似たような考えがあっておかしくない。にもかかわらず、最盛期にショスタコーヴィチやオイストラフを生んだ「ソ連帝国」が、歴史の暮れ方、デカダンスの果てに生み出したかれらは、やはり同じひとつの流れを汲んでいるのだ。その演奏は、歴史の屈折を超えて、ショスタコーヴィチの作品が偉大な音楽であることを端的に示す。

[アンコール] シューマン:カノン形式のエチュード

こうして振り返ってみると、急な変更にもかかわらず、プログラムも多彩でありながら緊密に構成されていることがわかるし、それがすべてきわめて純度の高い演奏だったことにあらためて驚かされる。そう、それは1983年の最初の出会い以来の奇蹟的な事件だったとさえ言えるだろう。「あなたたちは感動ではなく純粋さで人を泣かせる」と言ったら、ワインのコレクターとしても知られるアファナシエフが「真水こそが最高の慰めだから」と答えた。どこまでも冷たく透き通った真水は、あまりにひどく打ちのめされ、甘ったるい「いやし」など受けつけなくなった心身にも、静かに染み渡ってゆく。チェルノブイリの恐怖を人一倍つよく刻印されたに違いない旧ソ連の音楽家たちが、この時期に困難をおして日本に渡り、私たちに手渡してくれる、それはかけがえのない贈り物である。演奏旅行は九州と名古屋をへて東京まで続く予定だ。この貴重な機会を逃す手は絶対にない。

《公演詳細》